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2017年7月18日 (火)

大澤武司毛沢東の対日戦犯裁判


毛沢東の対日戦犯裁判

まず一言。
知らなかった!

そもそも、中国で戦犯裁判があったことすら知らなかった。

とりあえず書きたいこといっぱいあるけど目次。
中国の虜囚思想改造戦犯の政治利用日本人戦犯裁判帰国後の戦犯たち毛沢東の対日戦犯裁判とは何だったのか

第二次世界大戦で、日本は中国と戦争をした。
そして戦後、現地の日本兵は戦犯となった。

日本兵は中国で日本鬼子と恐れられるほど、暴虐の限りを尽くした。
村をまるごと消滅させるほどの虐殺。それは、老人、子供、妊婦にいたるまで、容赦はなかった。
収監された日本兵の告白を通して、その具体的な事例が記載されているが、これが人間のすることかと、思考が停止してしまうほどの衝撃が起こった。冷たい絶望が襲ってきた。

中国の人民の義憤が沸き立つ中、戦犯として収監された日本兵に対する中国の態度は、寛大な取り扱いだった。
家族を皆殺しにされ、看守になり、これで家族の仇が討てると喜び勇んだある中国人は、なぜ寛大に取り扱わなければならないのかと、むせび泣いたという。
しかし中国は、革命的な人道主義に基づき、断固として寛大な取り扱いの指示を行った。現場は反発した。
幹部と所員で幾度も話し合いがもたれる中与えられた職務を全うし、党と人民の期待に応えなければならないと全員が意識するようになP57ったという。
革命を成就し、中華人民共和国を建国したばかりの、人民の意識と自覚の高さを感じるエピソードでもある。
また、その裏には、政治的思惑があるには違いないが、そのことを度外視しても、残虐行為を行った日本兵も日本帝国主義の被害者であり、反省を経て、改心することができる、と信じる中国首脳の志の高さも感じる。

具体的には、戦犯は、重い量刑による断罪ではなく、毛沢東の思想に基づいて、思想改造プログラムにかけられることになる。
おおまかに言うと、自らの罪を認識し、告白することである。
その中で出てきた告白が、中国人民に対する、日本兵が犯した暴虐の数であった。
日本兵は当初、自身の残虐な行為までも、日本の聖戦に基づいた正当な行為であると自負していた。
時には笑いさえ浮かべながら、良心の呵責もなく、人の命を奪った。
しかし、教育を通した自省を経て、自らが行った鬼畜の所業の罪の深さにおののくことになる。

僕が痛感したのは、戦争の悲惨さ、この一語に尽きる。
幸せに生きる権利を持つ人が、無慈悲な銃剣に倒れる様は、悲惨としかいいようがない。
しかし、その銃剣を握る人も、元は快活なおじちゃんだったり、陽気なにいちゃんだったり。
戦争は人の醜悪な面を正当化する。そのこと自体が戦争の醜悪さであると痛感する。

日本は、敗戦国でもあり、終戦記念日になると、沖縄戦以降の一般市民を巻き込んだ悲惨なできごとをクローズアップする。
しかし、それと同じくらいの重さで、日本兵がアジアでやってきたことを後の世代に伝えていくべきではないだろうか。
これから世界に羽ばたいていく若い世代が、特にアジアで信頼を得るためにも、正しい知識の伝達が必要だと思う。
知るということが、これほど大切だと思ったことはない。知らないということが、これほどうかつなことだと思ったことはない。

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