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2017年7月14日 (金)

日の誓い愛の信仰espoir


愛は現前である07月07日14:22

きみを愛して愛して愛しぬく。ぼくの救いより大事なこと。そこにのみ
ぼくはいる。
これがぼくの信仰の生の核心であり自由である。信仰は天のご機嫌とりではない。天に逆らっても自分の本心を敢行することを自分で肯定することを、信仰という。
神がどう思うかをぼくは知り得ない。神の意思に基づいて生きるということは、よって、欺瞞である。信仰は、自分の決断と決意に基づいて生きることを敢行しつつ、神に面する態度において絶えず自分を問うことである。信仰内容は、個としての人間の歴史性の集積の深みから生成する。17610

きみの演奏を聴ききみの魂を愛することは他のいかなることにも優る

内部の世界に集中せよespoir

内部の世界に集中する、これはまことに神の召命なのであり、修道精神の本質である。このゆえに美意識は生の路を宗教的たらしめ、そのかぎりで倫理的たらしめる。倫理とは、生を愛の修道院の路たらしめる魂の希求である美意識の、美意識そのものからの自己統制であるほかの意味をもたない。内部の世界に集中せよ、この意味するところがぼくはきょう1769身に染みて痛切に解った。ぼくの今後のすべての生を支配するだろう。
神に導かないのなら芸術にはいかなる真面目な意味も無い。そして芸術の意味を知ったのなら修道士の生を生きざるをえない。このことがいまぼくに真剣な実践として自覚された。
夢想であったものが真剣なものとなった。

愛の定義3月23日

愛の修道院の路3月25日書き始めて三年の日

日の誓い信仰個人非公開

愛とは、生活すべてが神聖な儀式となることである。おのずから生活が修道院となる。
ほんとうの愛ほんとうの仕事音楽への感謝3月31日21:52

裕美さんの魂の意識を籠める音楽づくりには聴くたびに尊敬します。
4月2日(日)00:08:19

自分の過去の思索を担わなければならない。
愛の修道院のなかに生きながら思索をする。それは問いの集中である。この集中がぼくには祈りであり作品の路である。
ぼくはいま問うものの外部からではなく問うものの内部から問う境位にある。すべて裕美さんのおかげである。
2016年11月08日(火)22:31:42

永遠というものがあるとしたらそれは記憶の王国であり、そこではすべての愛と美の記憶が生命をもって生きており、生の本質と現実そのものであり、そのすべての記憶はその意味と内実をますます深く無限に開示しつづけるような世界である。
2017年03月08日(水)22:52:00

無限を知るとは、いのちに共振することである。

無限でないいのちはない。
支える言葉2016年11月21日(月)21:11:56

ぼくは人間の本性は愛であると思っている。自分に反さず生きていれば、愛の方向にゆくしかないと思っている。愛のほかに、自分のほかに、なにを得ようとするのであろうか。自分を得ることは世界を得ることではない。愛を得れば世界を捨ててよい。自分は自分にしかない。愛は自分にしかない。生きていれば、愛の方向にゆくようにできている。これが運命であり自由である。
読書とは、自分の創造の合間にするべきものである。高田先生が勁く深い理由はこれである。

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